TTN Vol.21
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ノブレス・オブリージュの旅連載〈21〉ノブレス・オブリージュ─高潔な若人が果たすべき責任と義務─校 長 原田 豊 年末に話題の映画「鬼滅の刃」を観てきました。いたく感動しました。その後、少し前にテレビ放送を録画してあったものも視聴し、今回は私の「鬼滅の刃」観を少々述べてみたいと思います。紙面の都合上、話の概要は皆さんの方が詳しいだろうとの前提で省くことにいたします。 私が映画で最も感動した場面は、ラスト三十分間の煉獄杏寿郎の回想シーンにおける、「強く生まれてきた者には弱い者を助ける義務がある」という煉獄の母の言葉です。そしてこの言葉は、物語の冒頭で鬼に食われて鬼と化してしまった主人公竈門炭治郎の妹を、鬼殺隊の柱(最高の剣士)の一人、富岡義勇が成敗しに来る場面と、実は相関しているのだと思います。自分よりもはるかに技量の勝る義勇を前にして、炭治郎が土下座までして必死に妹の命乞いを懇願する場面です。義勇は、なりふり構わず地にひれ伏す炭治郎を見て、「生殺与奪の権を他人に握らせるな。みじめったらしく、うずくまるのはやめろ。そんなことが通用するならお前の家族は殺されていない。」と厳しく突き放しながらも、「泣くな、絶望するな。辛いだろう、叫び出したいだろう、しかし、時を巻いて戻すすべはない。許せないという強く純粋な心が行動の原動力になるのだ。脆弱な覚悟では妹を守ることはできない。」と励まします。私は、先の杏寿郎の母の言葉とこの義勇の言葉は対になっていて、「強さ」というものの性格を正しく捉えている二つで一つの場面だと思っています。 「強さ」は確かに美徳であり、その獲得のための心身の鍛錬も、また立派な行為に違いありません。節を曲げて卑屈になるのは弱虫のすることでしょう。しかし、同時に、獲得できたその強さは、必ず弱き者を守るために発揮されなければ意味を持たなくなってしまうと、私は理解しました。「強さ」だけに限りません。何につけ向上心をもって努力することは立派な行為ですが、そうして獲得した「力」は、いつの日か多くの人々のためにあまねく振り向けてこそ意味を持つということです。これこそまさしく、わが校の「ノブレス・オブリージュ」の精神そのものと言えるでしょう。 また、主人公やその仲間たちは、戦いで絶体絶命の局面になると、必ず幼かった時の家族との交流の場面を思い出します。父の遺訓、母のやさしさ、祖父の厳しさ、兄弟姉妹の睦まじさ、そしてそれらが美しい家族愛の物話として思い出された時、最後の力を振り絞る大きな「力」となります。私たちは皆、苦しい時や何かに躓いた時にはやはり父母の教えや楽しかった昔を思い出すものでしょう。家族共通の遠い記憶を上手に思い出すことが、生きる力の源泉になることを改めて確認させられました。 「家族の絆」、これも「ノブレス・オブリージュ」の精神の原点に違いありません。編集発行 : 東京都市大学等々力中学校・高等学校 発行日:令和3年3月15日 〒158-0082 東京都世田谷区等々力8-10-1 TEL.03-5962-0104 FAX.03-3701-2197都市大等々力ニュースレターvol.21 2021 Mar.ToshidaiTodorokiNewsletterhttp://www.tcu-todoroki.ed.jp編集後記2回目の緊急事態宣言が発出され、修学旅行など大きな行事が中止になってしまいました。そんな中でも、各学年で生徒、教員等の関係者が一丸となって感染症対策を徹底してまいりました。これが奏功して、実施可能となった学年行事、新しい形の授業や部活動がいくつもあります。その様子を少しでもお伝えできたらという思いで編集したのがこの小冊子です。未曾有のコロナ禍を乗り超えた先に、本校が大きく成長した姿があると信じています。(藤田 遥也)2度目の緊急事態宣言が発出されるなか、登校日ではないにもかかわらず自習に来る高3生たち。外出に少なくはないリスクをともなう中でも彼・彼女らが足繁く登校するのは先生たちの情熱が生んだ絆の象徴ではないでしょうか。各学年の先生たちは対面での交流が例年と比べると減少する中で試行錯誤しながら、絆を深めるべく一生懸命に行事を運営しています。拙いながらもその想いが少しでも伝えられればと思います。(東風 法幸)

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