東京都市大学 等々力中学校・高等学校

【行事】校長式辞【卒業式】

行事
2022.03.17

令和3年度 第13回東京都市大学等々力高等学校卒業式式辞

校長   原田 豊

東京はこのところ、春本番を思わせる暖かさが続いており、本日もまさに新しい門出を祝うに相応しい、春の好天に恵まれました。

そんな暖かな陽ざしに包まれた中、令和3年度第13回卒業式を挙行することができました。

思えば、ご来賓のご臨席、また吹奏楽部の演奏と、人生の大きな節目を祝う式典らしく、形を整えた卒業式は3年ぶりであります。実にうれしい限りでありますが、特に、本日ご参列の保護者の皆様には、喜びもひとしおであろうと存じます。心からお子様のご卒業をお喜び申し上げます。おめでとうございます。

さて、216名の卒業生のみなさん、卒業おめでとうございます。大事な青春時代の3年間の多くの時間を、コロナに翻弄されてしまいった皆さんでした。その心中は察するに余りあるものがありますが、しかし皆さんはよくコロナと格闘、奮戦しました。

長期にわたる休校措置で、精神的な疲労もかさみ、苦しかったと思います。リーダーとして活躍するはずだった2年次の体育祭も藍桐祭も、感染の再拡大のため中止になってしまいました。高校時代最大の行事であるオックスフォードでの修学旅行も結局は中止、その代替行事として3月に実施することにした関西修学旅行も、何と第3波の感染拡大でまたもや断念せざるを得ませんでした。こうした度重なる不合理に際しても、皆さんはふてたり腐ったり、あるいは不合理を理由に怠惰な生活に甘えるなどということもなく、いやむしろ、そういう負の感情をぐっとこらえて気持ちを立て直す、自律的に姿勢で乗り越えました。そういう皆さんの、精神の強さに私はとても感服したと、今も思い、以前もお話ししました。

その上、休校や時間短縮の日々が続く中、受験についても不安な毎日が続いたことでしょう。しかし、その点でも皆さんの頑張りは素晴らしかった。それは皆さんが残した、本校として過去最高の大学進学実績に端的に表れています。これは後輩たちの大きな励みになることは間違いありません。私は、皆さんのこうしたコロナ禍における、ひたむきな努力と奮闘にまず賛辞を贈りたいと思います。

私は、こうした理不尽にぶつかると決まって思い出す言葉があります。「人間万事塞翁が馬」という言葉です。皆さんは聞いたことがありますか。紀元前2世紀ころのできた、「淮南(えなん)()」という中国の思想書の中のお話から生まれた言葉、ことわざです。

人間、つまり人の世というのは、すべて「塞翁の馬」のようなものだというのです。「塞」は砦の意味で、北方の砦近くに住んでいたお爺さんの馬のようなものだという意味ですが、そのお爺さんが大事に飼っていた馬がある日突然いなくなってしまった。落胆していると、数か月後に、いなくなった馬が名馬を伴って帰ってきてくれたのです。おじいさんはよかったよかったと安堵する。ところが、今度はお爺さんのかわいい息子がその馬から落ちて、太ももの骨を折ってしまいます。しかし、骨を折ったお陰で、9割の若者が戦死したという北方の異民族との大戦争に、我が子は徴兵されずに済み、父子ともに長く平和に暮らせたという、そんなお話です。

人間の幸不幸は繰り返していくもので、幸せだと思ったことが不幸の原因になったり、とんだ災難だと思っていたことが幸運を呼び込むこともある、それが人の世の習いだということわざです。

皆さんも、コロナ禍でいろんなことが犠牲となったのは確かでしょう。また、これからの人生においても、何度となく、苦しさに打ちひしがれることもあるに違いありません。しかし、そんな時でも、腐らず投げず、為すべきことを淡々と実行する皆さんでいてください。そうすれば、将来必ず何かいいことがやってくる。もちろんその逆もあり得ます。今は何もかもうまくいってるが、油断や慢心をしていると将来躓くことだもあるでしょう。

大事なことは、どんな時でも努めて「本来の自分」を見失わないということ、そう在学中、何度もお話してきた、「メタ思考」を磨くこととなのです。そういう人、メタ思考のできる人は、自分が幸せになれるばかりでなく、人を幸せにすることができるのだということを、しっかりと自覚して次のステージに進んでほしい。

皆さんはこれから大学で専門を学び、そしてやがて社会に出ていくわけです。その時に皆さんの前に立ちはだかる社会的課題や国際問題は、相当な難問に違いありません。多くの事柄はそう簡単に断定的に結論付けられるものではないでしょう。

難問には一つの専門分野からでは解答が出ないこともあるでしょうし、正解は一つとは限らないかもしれません。その時には「選択」という行為が必要になってきます。私は、高校で学んだことが真に生きてくるのはその時だと思っています。

高校の学習は大学入試のためにあるのではありません。社会に出て、一つの専門を武器に、その他さまざまな角度からの様々な知見を総合化して、一つの正解を導き出す、あるいは重大な選択の際の決断に役立てる。高校で学んだ、すべての教科科目はその時にこそ役立つものなのだということを決して忘れないでいてください。言葉を換えれば、高校で学んだすべての教科科目こそ、「リベラル・アーツ」ということで、文字通り、人間を真の意味で自由に解き放ってくれる学問ということ、さらに言えば、大学での専門性の上に、高校での学習の多面性・複眼性が加味されてこそ、難問の解決と、正しい選択を可能にするのだということです。私は皆さんに、高校の学習の真の意味と役割をしっかり認識しておいてほしいと訴えておきたいのです。

さて、最後にもう一つ。この都市大等々力に学んだ3年間です。 五島慶太先生の「熱誠」、困難を前にたじろがない強い心をもって、これからの人生を力強く進んでください。

そして、高校で学んだノブレス・オブリージュの精神の実践者として、人々から信頼され尊敬される人として活躍してください。

 いいですか、自分だけいいはだめですよ。自分もOK相手もOK、そうアサーティブな関係性をいつも作っていくのですよ。

 最後もう一度、万感の思いを込めて、「皆さん、卒業おめでとう。」ノブレス・オブリージュ。

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